弊社のアドバイザーとして、マーケティング・広告(ブランド)分野についての専門的なアドバイスをいただいている田中洋教授のページです。田中教授には、弊社の社長である植木の大学時代の友人というつながりでアドバイザーとしてご協力いただいています。
中央大学ビジネススクール(大学院戦略経営研究科)教授。京都大学博士(経済学)。マーケティング論専攻。㈱電通マーケティングディレクター、法政大学経営学部教授、コロンビア大学ビジネススクール客員研究員などを経て、2008年から現職。主著に、『消費者行動論体系』、『現代広告論』、『広告心理』、『Q&Aでわかるはじめてのマーケティング』、『企業を高めるブランド戦略』などがある。
オフィシャルサイト:http://hiroshi-tanaka.net/
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1984年のころ、私は米国のジャーナリズム学大学院に会社から留学した。英語がさっぱりできない留学生ではあったが、なんとか講義の単位は修得し、最後の難関、修士論文に取り組むこととなった。修論のアドバイザーの先生が夏休みで交代するというアクシデントに見舞われながらも、なんとか修論への糸口をつかもうとしていた…
修士論文として、日本と米国の広告を比較しようというテーマだけは決まっていた。広告ならば多少は自分がやってきたことなので何とかなるのかなとまたしても単純に考えたまでだ。
しかし、いったい何をどうしたらいいのだろうか? もちろん広告の国際比較の研究は数少ないながらいくつか存在していて、それらを参照はしていた。問題はどうしたら自分の独自性が出せるか、ということだった。研究である以上、それまで世の中にない発見を自分で見出さなければならないのだ。
いろいろ調べるうちに「内容分析」という手法があることがわかった。例えば、記事の内容を数量的に分析する研究方法論だ。原理的にはさほどややこしいものではなく、ごく単純な手法である。例えば、日本と米国の新聞記事を比較して、米国よりも日本のほうが図や絵などビジュアル的により多様な手法を使って伝達するというような研究があるが、そのように記事内容などをシステマチックな方法を使って分析するわけである。
広告についてはよく知られた内容分析研究として、Erving Goffman(1979)の Gender Advertisements がある。これは広告写真に出てくる女性の姿を分析したもの。例えば、男性と女性が腕を組む写真では男性が女性を保護する体制になっている、という指摘がある。これは定性的研究だが、最初は私もこうした分析ができないかと構想していた。
しかし修論で実証的研究として評価を得るためには、もう少し手堅い手法で研究を進める必要がある。内容分析では、"Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive"(MECE)という原則が求められる。つまり「重複なし、モレなし」。例えば、風景を分析するとき、都会・田舎、と2つの分類カテゴリーをつくったとしても、この2つでは分類が難しいので「そのほか」というカテゴリーをつくってしまったとしたらこれはMECEの原則に反してしまう。
私は留学していた南イリノイ大学(SIU) の図書館を歩き回ってあれこれ文献を探した。この図書館は田舎の大学にしては充実した蔵書を誇り、当時で100万冊を超えていたはずだ。また書籍以上に研究活動にとって重要なのは研究雑誌だ。これもSIUの図書館は充実していたことが私にとって幸いだった。
私がたまたま見つけたのは以下の文献である。
Pollay, R.W. (1983). Measuring the cultural values manifest in advertising. Current issues and research in advertising 1983. Ann Arbor, MI: The Division of Research, Graduate School of Business Administration, The University of Michigan.
この文献はなかなかスグレもので、広告に表れた文化的価値の種類をあらいざらい調べて、異なった専門の同僚に見せてチェックしながら完成させた価値リストがそこに掲出されていたのだ。私に浮かんだアイデアは、この枠組みを使って、日米の広告を比較してはどうか、ということだった。
私は早速会社の後輩に依頼して、日本の雑誌を過去1年分取り寄せることにした。幸い、小野真樹君という良き後輩が要領よく、過去の雑誌を入手してくれ、船便でどっさり送ってくれた。アメリカの雑誌は図書館を利用すればよいので、これで首尾よく研究資料が集まったことになる。
私は先の文献の文化価値を内容分析にかけるべく、オペレーショナル(操作的)な定義を決め、分類するルールを決めて、分析作業を行った。自分ともうひとりがcoder(コーディング担当)になり、定義とルールにしたがって広告をひとつひとつ分析していった。今から考えればランダムに広告を選べばよかったのだが、1年分の広告を全部分析した。日米の雑誌広告に表れた文化価値が分析できた。
データは、順位相関や差異の検定をコンピュータを使って行い、興味深い結果を得た。結果を簡単に言うと、日米ともに頻出する文化価値の順位相関は有意に高い。つまり日米とも似た文化価値が出てくる順番は同じだ。しかし差異はそれぞれの価値の頻度において表れてくる。例えば米国の広告では「機能的」価値がもっとも多く出てきて、日本も同様なのだが、米国のほうが機能価値はより高い頻度で表れる。
(余談めくが帰国してのち、あるアジア人女性に会ったとき、「私はあなたの修論を読んで、同じような修論を書いた」と話されて、とても驚いた経験がある。修論は取り寄せれば誰でも参照できる仕組みがアメリカにはある。確かに私がやった方法論を使うならば、あちこちの国の広告で無限に研究が可能になるはずである。)
この結果を解釈するならば、広告である以上、日米は同じような価値を用いて訴求している。この点は共通なのだが、文化的な影響が表れるのはそれぞれの価値の頻度においてである。私自身はこうした結論にかなり納得がいった。
修論には以下のタイトルをつけた:
Cultural values in US and Japanese magazine advertising: A comparative content analysis. By Hiroshi Tanaka(1984). Unpublished master's thesis, School of Journalism, Journalism, Southern Illinois University at Carbondale.
修論を提出して後、副査の先生ふたりと主査のブリオン先生とで、口頭試問がある。副査のマクドナルド先生は「こういう修論がもっとあると良い」とおほめいただいた。マクドナルド先生はスピーチコミュニケーション学科の先生で、半年かけてロジャースの当時新版が出たばかりの Diffusion of Innovations を読む講義に私は出席していた。
無事口頭試問は修了した。出たところで仲の良かったアメリカ人博士課程のMike Gerhardに会った。無事終わったことを告げるととても喜んでくれ、他の学生に「Hiroがたった今、マスターを終わったんだ」と叫んでくれた。
修論の口頭試問が終わって、帰国までに1週間しかなかった。まさに会社からの派遣期間ぎりぎりで修了できたことになる。入学したときに会った英国からの留学生に「僕はもう master's を修了して帰国するんだ」と言ったら彼は驚愕していた。下手な英語しか話せないヤツが1年少々で修了するのは予想外だったのだろう。
近所で親しくしていた陳さん夫婦が空港まで送ってくれた。緑がいっぱいのSIUのキャンパスを通りながら、自分の1年2カ月の学生生活を振り返っていた。帰りのシカゴからの飛行機でそれまで緊張していた肩の筋肉がほぐれていくのを感じていた。
( 私のエイゴ修行 完 )